目覚めた時、ふらつく頭で考えた。先ほどのゲームは夢だったのではないか、と。
けれど、テレビでも新聞でも敗戦を告げていた。やはり、夢じゃなかったんだなあ。。。信じたくはないけれど、現実なようだ。
冷静に分析すれば、日本チームは全戦綱渡りだった。ピンチの連続を選手が体を張って守り抜いた。代表メンバー決定の際、岡田監督は「ハエがたかるようにチャレンジ」と発言して顰蹙を買ったが、事実はそのとおりで、泥臭い粘りで相手の攻撃を防いできた。
その頑張りを応援してきたから、余計思い入れが強かったのだろう。勝利がするりと逃げた瞬間、どうしようもなく悲しかった。本当に悔しかった。残念だった。
残念ではあるが、時間の経過とともに、日本チームを讃える気持ちがどんどん大きくなった。この素晴らしいチームが自国の代表であるという事実。そして、彼らのファイトはボクの胸の中で今も熱く燃え続けている。
素敵な夢をありがとう。
「全国亭主関白協会」ってご存知ですか?http://www.zenteikyou.com/ そもそも、関白の語源をひも解けば、時の権力者の2番目の位。つまり、亭主関白も家庭ではカミさん(神)に頭のあがらない2番目の位置。いかに上手に尻に敷かれるかを研究している会なのだそうです。
先日、たくさんお買い上げいただいたお客様は、なんと!山吹小学時代にお世話になった担任のK先生の弟さんだった。先生は80を過ぎてもお元気とのこと。不思議なご縁を感じました。
中年以降、健康診断を受けるたびに中性脂肪が高いと注意され、近年はその改善のために薬まで処方されている。ちなみに、私は太っていない。身長172cm、体重62kgでいわゆる中肉中背だ。メタボにもならず若い頃の体重をキープしているのだが、、、父もそうだった。糖尿病、脳梗塞、心筋梗塞。続けて発病して70前に亡くなった。
3月11日に放送されたNHKの「追跡 A to Z」を見て驚いた。皮下脂肪や内臓脂肪とは異なり、本来ある場所とは異なる所にたまる「異所性脂肪」という隠れ肥満があるという。やっかいなことには見た目では分からない。太っていないのに血液検査の結果が悪い人は異所性脂肪が多いと疑われるそうだ。そしてこの異所性脂肪が原因でさまざまな病気を引き起こすのだという。
詳しくは番組HPを
http://www.nhk.or.jp/tsuiseki/file/list/100306.html
Bingo!父は全くこの通りだった。
さて、私より1週間遅れて妻が定期健診に出掛けた。本人の検診よりも先に、医師は私の症状について厳重な注意をした。そりゃそうだ!ボクに言うよりも妻を指導したほうが絶対に効果がある。それ以降、食生活ががらりと変わった。
まずは、マーガリン、マヨネーズ、ハム・ソーセージを止めることにした。今まで朝食はトーストとハムサラダが定番メニューだったので、それをごはんと納豆に切り替えた。
ここまででも効果はあったとは思うが、妻が「世界一の美女になるダイエットバイブル
」を購入、これを実践することにより、劇的な効果が現れた。血糖値のコントロールが重要なのだろう。精製された食品…白米・白砂糖などは速やかに血糖値を上げる。それに対して玄米・ハチミツなどは緩やかに血糖値を上げる。血糖値のコントロールだけで、隠れ肥満も含めて肥満を防ぐ効果があることを実感した。
ちなみに、体重は62kg→57kgへ減り、体脂肪は22%→14%に減少した。なんと先日選んだパンツは76cmなのである。高校1年以来のサイズだ。妻も同様独身時代の体重に戻ったという。
凄い効果に驚いている。次回の検診が楽しみである。


余談であるが、ボクの場合効果がありすぎて最低55kg台まで体重が減った。高校時代は67kgだったからそれだけ筋肉が減ったのだろう。これ以上減らさないために、意識的にヨーグルトや豆腐などのタンパク質を食べている。また、グレープシードオイルとバルサミコ酢のドレッシングを使ったサラダも欠かせない。毎日歩いて通勤しているのも減量のためではなく、筋肉を減らさないためなのである。
今から23年前。サンフランシスコからレンタカーでぺブルビーチに行きました。本当に美しいコースでした。でも、個人旅行だったので、新郎が添乗員+通訳+ドライバーの役割を担いとってもハード。甘い新婚旅行ではありませんでした(苦笑)。
全米OPの遼くんを応援しながら思い出しました。
先ごろ、大変懐かしいお電話をいただきました。
東京・湯島の老舗、「アリガゴルフ」のお嬢様からでした。
「アリガゴルフ」で検索したところ、当店のホームページがヒットして、中には昔に親しんだ名前があり、懐かしくてお電話を下さったそうです。
私の父・松浦静香は、昭和36年に名古屋市東区長塀町で「松浦ゴルフ商会」を創業いたしました。ゴルフの商売をはじめるにあたり、アリガゴルフで修行させていただいたのです。私が生まれて間もない頃でした。
お嬢様からその当時の色々なエピソードを伺いました。
社長のお宅でのひとコマです。
コタツの中で、誰かの足が触れたので、お嬢様が、
「この足だあれ?」と尋ねたら、
「僕だよ」と答えた、子供を子供扱いしない父の口調が印象的だったそうです。
その頃が懐かしかったのでしょうか。時折「湯島の白梅」を口ずさんでいた父。その父が存命であれば、お嬢様との懐かしい昔話に花を咲かせたのでしょうが、、、平成九年に亡くなりました。
老舗と呼ばれたお店がどんどん姿を消し、低価格が売り物の量販店が業界の主流となる中。あえて時代に逆行して、専門店としてのきめ細やかな商売を続けよう。。。
受話器を置いてそう思いました。

父とジーン・サラゼン プロ。写真の父よりも私のほうが年長になりました。